特集にあたって

NPO法人多摩在宅支援センター円 寺田悦子

 私は,古い人間なので「語り」(ナラティヴ)という言葉を聞くと,すぐに「精神科看護とは何か」という原点について考えてしまう。そして,なぜかブラックホールに引きずり込まれるような感覚にとらわれてしまう。精神科病院に勤務していたころの思いが鮮明に蘇る。そのころ,「病者が語る病いの物語」がいかに重要であるのか,ある精神科医に教えられたことがあった。そして,患者さんの思いの根源や人生の一部に触れるにはどうしたらよいのかを考えつづけたことがある。
  精神科看護において「語り」を言い換えるとすれば,誰もが「傾聴」「共感」「受容」を思い浮かべるだろう。その言葉がいかに重要であるのかもよく理解している。しかし,病棟の機能分化や看護のマニュアル化,そして評価・費用対効果などの精神科病院の現状は,「語りを聴く」ことを不可能にしてはいないだろうか。
  私が所属している訪問看護の現場では,スタッフがいきいきと利用者さんのエピソードを語ってくれている。それらはひょっとしたら,画一的な看護やルーチン業務では聞き出せないものなのかもしれない。そして,その「語り」は,訪問看護師自身の新たな成長や変化につながっていくことを実感している。
  今回の特集では,忘れられない患者さんの「語り」を経験した筆者たちの真摯な態度,熱い思いが表現され,深い内容となった。