特集にあたって

医療法人社団翠会成増厚生病院 榊 明彦

 私が精神科病院に就職したころ,患者さんたちは,鈍色の壁に覆われた古色蒼然とした畳の部屋で起居をともにしていた。彼らはゆったりとした時間の中で安逸に過ごしているように見えたが,実は現実感の失調をくり返していた。そのつらい症状は,コミュニケーションに弊害を起こし,ときに激しい喧嘩をまねく。ところが一定の時間が経つと,何事もなかったかのように会話をはじめ,物々交換をしてから約束ごとを交わす。そしてこれまでどおりの生活に戻る。看護師たちはさしてためらうこともなく,畳の上に腰を下ろして彼らの行動を一喜一憂して見守り,そして生活の流れに加わった。そんな時代だった……。
  いまでは一昔前の精神科病院のイメージは払拭され,設備は充実し,とても清潔でおしゃれな病院が増えてきている。そして看護師は,知識と技術に並行して,情味ある接遇が板についてきた。だが,昔のように患者さんとともにいる時間はどのくらいあるのだろうか。
  今回のテーマは「治療環境としての看護師」である。患者さんは生活を見守られていることで,脅かされない安心した対人距離を感じる。この距離感は,冷えきった体を温める環境となり,苦しい想いを言葉に代える力を生み出す。私もじっくり精読して,昔を思い出しながら,治療環境としての自分,あるいは看護師としての影響力を見つめ直してみたい。