特集にあたって

医療法人社団翠会成増厚生病院 榊 明彦

 「個々のリカバリーに向けた支援を考える」前に,回復という言葉の意味を考えてみる。ある辞書に,回復とは取り戻すこと,とある。取り戻すイメージをしてみる。健康だったころの思考を取り戻す。充実していたころの生活を取り戻す。病状で悪化していた人間関係を良好なものに修復する。回復というものは,一度失ったものを少しずつ取り戻す,修復していく作業をくり返すことなのかもしれない。私は,回復という言葉を聞くと,薬物やアルコール依存症の人を思いだす。ある回復者がこう言った。「一度失ったものは容易に取り戻すことはできない,だから,われわれは回復をしつづけなければならない」と。
  薬物やアルコールを常用していたころの彼は,いつしか現実感が希薄になり,生活の質を具象すると脳が混乱するようになった。彼は人と交わらなくなり,一切のコミュニケーションを絶った。そして,不安の巣窟に身を置き,ただ時間が経つのを待っていた。神経回路は自壊寸前となり,疑心は深まっていく。自分の虚栄の部分が擬人化する異様な臨場感と,周囲の人々の自分を見つめる軽蔑の眼差しに慄然としたという。その彼は現在,回復のメッセンジャーとして,依存症に苦しむ人たちの回復の手助けをしている。そう考えると,彼の回復は,失いかけた「自分の言葉を取り戻すこと」にあったのかもしれない。